プロ編入試験(棋士編入試験)を覚えよう
プロ棋士(棋士)になるための基本ルートは、養成機関である奨励会に入会し、昇級・昇段規定を満たして四段に昇段することです。しかし将棋界には、この奨励会というルートを経ずに、アマチュアや女流棋士が棋士になれる例外的な制度も存在します。それが「プロ編入試験」、現在の正式名称では「棋士編入試験」と呼ばれる制度です。この記事では、制度が生まれた経緯、受験資格・試験方式の基本的な考え方、これまでの実施事例をわかりやすく解説します。
プロ編入試験(棋士編入試験)とは何か
奨励会に所属する会員は、奨励会のしくみ(級・段と三段リーグ)を覚えようで紹介した昇級・昇段規定を満たすことで四段(棋士)に昇段します。プロ編入試験は、これとは別に、奨励会に所属していないアマチュア選手や、女流棋士が、プロの公式戦で一定の好成績を収めることを条件に、プロ棋士との対局形式の試験を受け、勝ち越せば棋士になれるという制度です。奨励会員がこの試験を利用することはできず、あくまで奨励会の外にいる人のための例外ルートという位置づけです。
制度が生まれた経緯
現在につながる制度が生まれるきっかけになったのは、2005年の瀬川晶司のケースです。瀬川は奨励会の三段リーグを年齢制限で退会したあと、アマチュアとしてプロの公式戦に出場し、プロ相手に高い勝率を挙げる活躍を見せていました。瀬川がプロ編入を求める嘆願書を日本将棋連盟に提出したことをきっかけに、特例としてフリークラスへの編入試験(六番勝負)が実施され、瀬川はこれに合格して同年、四段になりました。
この一件を受けて、アマチュア選手が棋士になる道筋をあらためて制度化する検討が進み、2014年4月に「プロ編入試験」として正式に制度化されました。同年12月には、元奨励会三段の今泉健司が、制度化後初めての合格者となっています。その後、2019年10月には、制度の名称が「棋士編入試験」に変更されました。
受験資格の基本的な考え方
棋士編入試験を受けるには、アマチュアまたは女流棋士として、アマチュア枠・女流枠が設けられているプロの公式棋戦に出場し、一定の好成績を収める必要があります。基本となる条件として広く知られているのは、対象となる公式棋戦を通算して「直近の成績で見て10勝以上、かつその間の勝率が6割5分以上」という基準です。これに加えて、一部の棋戦で本戦の上位に進出するなど、所定の好成績を収めることでも受験資格を得られる仕組みが、2021年2月の見直しで追加されました。受験にあたっては、四段以上の棋士による推薦も必要とされています。
試験の方式——五番勝負
受験資格を得て申請が受理されると、プロ棋士5人を相手に1局ずつ対局する「五番勝負」形式の試験が行われます。5局のうち先に3勝すれば合格、先に3敗すれば不合格となり、勝敗が決まった時点でそれ以降の対局は行われません。試験官を務めるプロ棋士は、棋士番号の大きい順、つまり直近にプロ入りした棋士から順に選ばれる決まりになっています。持ち時間は3時間で、第1局は振り駒で先手・後手を決め、第2局以降は1局ごとに受験者側の手番を交代しながら指し進めます。
合格すると、フリークラスの四段として、4月1日付または10月1日付(申請から近い方の日付)で棋士になります。プロ棋戦のしくみ(順位戦・フリークラス制度)を覚えようで紹介した通り、フリークラスは順位戦のクラス別リーグ戦には参加しない区分ですが、順位戦以外の公式戦には通常どおり出場できます。
これまでの実施事例
制度化されて以降、実際に受験資格を得て試験に臨んだ人はごくわずかです。これまでのところ知られている主な事例を挙げます。
- 今泉健司(元奨励会三段):2014年12月に3勝1敗で合格し、2015年4月1日付で四段(制度化後、初めての合格者)
- 折田翔吾(元奨励会三段):2020年2月に3勝1敗で合格し、2020年4月1日付で四段
- 里見香奈(女流棋士、現姓・福間):2022年に女性・女流棋士として初めて受験資格を得て試験に臨んだが、0勝3敗で不合格
- 小山怜央(アマチュア):2023年2月に3勝1敗で合格し、2023年4月1日付で四段。奨励会に所属した経験がないまま受験資格を得た、これまでのところ唯一の例
- 西山朋佳(女流棋士):2024年度から2025年にかけて試験に臨み、制度化後初めて5局目まで進んだが2勝3敗で不合格
- 福間香奈(女流棋士、旧姓・里見):2025年に2度目の受験資格を得て試験に臨んだが、0勝3敗で不合格
合格者・不合格者を問わず、実際に試験を受けるところまでたどり着く人自体が非常に少なく、受験資格の条件を満たしながら権利を行使しなかった例も知られています。このように、プロ編入試験(棋士編入試験)は、奨励会を経ないプロ入りの可能性を開く一方で、実際に合格するのは簡単なことではない、狭き門であり続けている制度だといえます。