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棋士たちの「勝負めし」列伝 — 藤井聡太の連勝うどんから、ひふみんのうな重まで

将棋の対局は、時に朝から深夜まで続く長丁場だ。盤の前でひたすら頭を使い続ける棋士たちにとって、休憩時間の昼食・夕食や、対局中につまむおやつは、単なる腹ごしらえではなく「勝負」の一部として語られてきた。いわゆる「勝負めし」である。誰がいつ何を注文したかがニュースになり、時にはその店に客が殺到して売り切れる、なんてことも起きる。ここでは複数のメディアで報じられているエピソードをもとに、棋士たちの勝負めしにまつわる話をいくつか紹介したい。

事の発端 ― 藤井聡太、29連勝と「勝負めし」ブーム

「勝負めし」がここまで世間の注目を集めるきっかけになったのは、2017年前半、藤井聡太四段(当時)がプロデビューから公式戦29連勝という新記録を打ち立てたことだった。将棋専門メディアの元棋士・田丸昇九段がJBpressに寄稿した記事によると、連勝が10を超えたあたりからテレビの情報番組やスポーツ紙が藤井の活躍を大きく報じるようになり、将棋の専門的な内容だけでは一般視聴者がついていけないこともあって、番組側が目を付けたのが「藤井が対局で何を食べたか」というグルメ情報だったという。

同記事によれば、藤井の公式戦デビュー戦(対・加藤一二三九段)で記録した1勝目の昼食は、地元・愛知のご当地グルメである「みそ煮込みうどん」。そして29連勝を達成した対局の昼食は「豚キムチうどん」で、どちらも東京・千駄ヶ谷の将棋会館近くにあった「みろく庵」からの出前だったと紹介されている。テレビのレポーターが藤井の注文を伝えると、その日の午後には店に客が押し寄せて品切れになることもあったといい、みろく庵は「勝負めしの聖地」として賑わったと記されている。同記事は2021年9月の時点で「みろく庵は2年前に閉店した」とも伝えており、その後も藤井の対局グルメを継続的に記録しているファンサイト「将棋さんぽ」のデータベースを見ると、みろく庵での注文記録は2019年ごろで途切れている。なお同記事は、藤井の好みについて「肉料理、うどんなどの麺類が多い」とし、苦手な食材としてキノコ類(マッシュルームなど)を挙げている。

対局中の食事には、意外と細かいルールがある

対局中の食事は、棋士が自由に外に食べに行けるわけではない。グルメ情報サイト「オリーブオイルをひとまわし」の記事によると、2016年から東西の将棋会館で行われる公式戦では、不正防止の観点から対局中の外出を禁止する規定が設けられ、それ以降は出前を取るか、持参した弁当などを食べるのが基本になっているという。昼食・夕食は対局者ごとに別々の控室で取るが、休憩時間は持ち時間にカウントされない。一方、間食(おやつ)は対局室で対局を続けながら食べてよいことになっている。

また、食事代を誰が負担するのかについても違いがある。「トレンディだねっと」の記事は、タイトル戦での選手権者・挑戦者の食事やおやつは主催者側のサービスで賄われる一方、予選などの対局では棋士の自腹になる、と紹介している。同じ「勝負めし」でも、タイトル戦の豪華な会場メニューと、日々の予選での行きつけの出前とでは、実は棋士自身の懐事情も違うわけだ。

加藤一二三「ひふみん」― うな重ひとすじと、板チョコのおやつ

「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三九段は、現役時代、旺盛な食欲と食事へのこだわりで知られていた。グルメ情報サイト「ヒトサラマガジン」の記事によると、加藤九段は昼食と夕食にいつも同じメニューを注文し、しかも一度決めたメニューをなかなか変えないタイプで、「7年も昼夜天ぷら定食ばかり食べたかと思えば、今度は10年以上昼夜うな重ばかり」という時期があったと紹介されている。この「10年以上うな重」というエピソードは、前出のオリーブオイルをひとまわしの記事や、2017年当時のグルメブログ記事でも触れられており、加藤九段の代名詞的な逸話として複数のメディアで語り継がれている。

対局中のおやつには、持参した板チョコを何枚も食べることでも知られていた。この板チョコのエピソードも複数の記事で共通して紹介されており、加藤九段の「勝負めし」を語るうえで欠かせない一幕になっている。

森内俊之 ― 「大きな対局はカレー」というゲン担ぎ

十八世永世名人の資格を持つ森内俊之九段については、「大きな対局では必ずカレーを注文する」というエピソードが、ヒトサラマガジンとオリーブオイルをひとまわしの両記事で共通して紹介されている。験を担いで同じメニューを選び続ける棋士は珍しくないが、「ここぞという勝負の日はカレー」という分かりやすいルーティンは、ファンの間でも語り草になっているようだ。

羽生善治 ― 天ぷら抜きの天ざる蕎麦と、永世七冠を決めたオクラうどん

将棋界の第一人者として知られる羽生善治九段にも、印象的な食事のエピソードがある。ヒトサラマガジンの記事は、「ある年の名人戦で昼食に『天ざる蕎麦の天ぷら抜き』を注文した事があるそうです」と紹介しており、具体的な年や対局は特定されていないものの、天ぷらをあえて抜くという珍しい注文が周囲を驚かせたという逸話として伝えられている。

より対局が特定できるエピソードとしては、2017年12月5日の第30期竜王戦七番勝負で羽生九段が渡辺明竜王(当時)から竜王位を奪取し、史上初の「永世七冠」の資格を達成した一局がある(この日付と結果は、日本将棋連盟公式サイトを情報源とするウィキペディア「羽生善治」の記述でも確認できる)。オリーブオイルをひとまわしの記事によると、このシリーズの対局地の一つ・鹿児島県指宿市のご当地メニュー「オクラうどん」(オクラパウダーを麺に練り込んだうどん)を羽生九段が注文したと紹介されており、記録づくめの一局にちなんだ「勝負めし」として語られている。

まとめ ― 盤上だけでなく、控室にもドラマがある

藤井聡太の連勝を彩ったみそ煮込みうどんと豚キムチうどん、加藤一二三の10年以上に及ぶうな重、森内俊之の「大きな対局はカレー」、羽生善治の天ぷら抜き天ざる蕎麦とオクラうどん。どれも棋士本人にとっては対局中の一食に過ぎなかったかもしれないが、報じられるたびにファンの間で話題になり、時には店の売り切れという形で将棋の外の世界にまで影響を及ぼしてきた。次にタイトル戦や公式戦の中継を見るときは、盤面だけでなく、控室で運ばれてくる出前の器にも少し注目してみてほしい。

参考にした情報源

  • JBpress「好みは肉と麺類、史上最年少で三冠の藤井聡太『勝負めし』まとめ」(田丸昇九段、2021年9月15日)
    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66931
  • オリーブオイルをひとまわし「有名棋士たちの【将棋メシ】まとめ。受験生のゲン担ぎにもおすすめ!」(2018年2月8日公開、2020年1月9日更新)
    https://www.olive-hitomawashi.com/column/2018/02/post-1386.html
  • ヒトサラマガジン「食へのこだわりが勝敗を分ける? 将棋のプロの棋士の対局中の食事」(斎藤健、2017年6月13日更新)
    https://magazine.hitosara.com/article/351/
  • トレンディだねっと「将棋は対局中ご飯を食べていいの?食事、おやつ休憩はある?自腹?」
    https://trendy-da.net/shogi_gohan.html
  • 将棋さんぽ「【藤井聡太】最新将棋めし(勝負めし)一覧」(対局ごとの注文メニューを集計したデータベース)
    https://shogi-sanpo.com/fujiisouta/gourmet/
  • ウィキペディア「羽生善治」(第30期竜王戦での永世七冠達成日について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/羽生善治

対局中の食事にまつわるエピソードの中には、いつ・どの対局でのことか特定できない「〜と紹介されている」という伝聞情報も含まれています。本記事では、確度の高い日付・対局が分かるものはそのように明記し、それ以外は複数のメディアが共通して紹介している逸話として、断定を避けて記載しています。

藤井聡太のタイトル戦の記録や、加藤一二三・森内俊之・羽生善治といった棋士たちの実績は「名棋士列伝」でも紹介しています。
藤井聡太のタイトル戦の対局服にまつわるエピソードは「藤井聡太の対局服ウォッチ」もあわせてご覧ください。
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