藤井聡太の対局服ウォッチ — 羽織・着物に込められた物語
将棋のタイトル戦は、対局が始まる何時間も前から静かな見どころがある。それが、棋士たちが身にまとう和服だ。中でも藤井聡太のタイトル戦は、対局開始前の一枚の写真が「今日は何色で来るか」とファンの間で話題になるほど、対局服そのものが観戦コンテンツになっている。ここでは、報道をもとに藤井聡太の対局服にまつわるエピソードを時系列で追ってみたい。
2020年6月、スーツから羽織袴へ
藤井聡太が初めてタイトル戦で和装に袖を通したのは、2020年6月28日の第91期棋聖戦五番勝負第2局(東京・将棋会館)だった。東京新聞デジタルの報道によると、新型コロナウイルスの影響で対局日程が過密になっていたこともあり、6月8日の第1局は「少し勝手が分からなくて」とスーツ姿で対局して先勝。続く第2局で、タイトル戦としては初めて和装で登場し、そのまま連勝を収めている。
このとき身につけていたのは、師匠・杉本昌隆八段から贈られた羽織袴だった。杉本八段は同紙の取材に「藤井七段自身は着物の色や柄には頓着しないようで、昨年の初夏、私とお母さまで京都の呉服店を訪ね、生地から選びました」と明かし、「私の贈った着物でタイトル戦を戦ってくれるのは、非常に感慨深い」と語っている。棋士の和服コーディネートを手がける白瀧呉服店(東京都練馬区)5代目当主・白瀧佐太郎さんは、この日の装いを「濃紺の着物に透け感のある黒の羽織を合わせ、袴は礼装としてよく着られる、しま柄の『仙台平』。涼やかな夏着物ながら、格式を感じさせる姿」と解説していた。
2021年、「貫禄が増した」と評された和装
タイトルホルダーとしての経験を重ねた2021年、東京新聞デジタルの樋口薫記者は、名古屋能楽堂で行われた第62期王位戦七番勝負第1局の藤井王位(当時18歳)を取材し、「あれ、何か違う? 昨年より貫禄が増した?」という違和感を覚えたと書いている。その理由を明かしたのは、やはり白瀧佐太郎さんだった。「藤井王位の姿勢が格段に良くなったんです」「もともと藤井王位は猫背気味で、着付けにかなり苦労していた。それが今年は、りんと背筋が伸びている」と話し、この変化を「著しい変化でした」と振り返っている。
能楽堂の舞台に上がる際は白足袋の着用が必須とされる。この日の羽織は2年前の初和装対局で杉本八段から贈られた家紋入りのもので、着物は若草色、袴は仙台平のしま柄。白瀧さんは「能楽師の方々が大事にされている場所。知人の能楽師の方にも写真で確認してもらい、敬意を払っているという思いが伝わるような衣装を心掛けた」と語っている。同じ年の第92期棋聖戦五番勝負では、第1局で袖先にかけてブルーのグラデーションになった「ぼかし染め」の藍色の羽織(新調)を、第2局では全身を緑でまとめた装いを披露した。白瀧さんいわく「今年は『若き王者』ということを考慮しました。渋くなりすぎず、若いからこそ似合う色合いを探した」。
藍色へのこだわりを、本人が語る
2024年9月4日、神奈川県秦野市の旅館「元湯陣屋」で行われた第72期王座戦五番勝負第1局(対永瀬拓矢九段)。日本経済新聞は、挑戦者・永瀬九段の「落ち着いたグレー系の色合い」と、藤井王座(当時)の「明るく光沢感ある藍色の着物」の清新さが好対照をなしたと伝えている。藤井の和服には藍や青系統のものが目立つといい、本人は「反物を色々見て選んでいるうち、自然と増えていった」とコメント。暗青色の上田紬の帯がお気に入りの一つで、「締めると気持ちが高まる」とも話している。同記事によれば、着物を着るようになって1年ほどたってからは着付けも自分で行うようになり、長時間の対局でも着崩れないよう工夫しているという。
白瀧佐太郎さんは同記事で、将棋界の和服も一般の和装トレンドと同じく色柄が華やかになっていると指摘し、「スーツのように無地同色だったのが、着物と袴、羽織まで違う色合いにしてみたり、柄付きのものを取り入れたりされる方も増えました」と語る。竜王戦や名人戦のように対局が2日制のタイトル戦では、同じ着物でも半襟の色を替えることで印象を変える棋士もいるという小さな見どころも紹介されている。
八冠、そしてその後
藤井聡太が史上初の将棋8タイトル(八冠)独占を達成したのは、2023年10月11日、京都市の「ウェスティン都ホテル京都」で指された第71期王座戦五番勝負第4局。永瀬拓矢王座(当時)を破って王座を奪取し、21歳2ヶ月での八冠達成という記録を打ち立てた。この対局での具体的な装いについて、本記事で確認できた出典に記述はなかったため詳細は割愛するが、和服が話題になり続けた1年の先に、将棋史に残る一局があったことは記しておきたい。
まとめ — 一枚の羽織に宿るもの
スーツで戦った2020年6月の第1局、師匠から贈られた羽織袴で迎えた第2局、能楽堂への敬意を配色に込めた王位戦、そして本人が「気持ちが高まる」と語る藍色の着物。報道を辿るだけでも、藤井聡太の対局服には、その時どきの相手・会場・立場への向き合い方が透けて見える。次にタイトル戦の中継を見るときは、盤面だけでなく、対局者が身にまとう一枚の羽織にも目を向けてみてほしい。
参考にした情報源
- 東京新聞デジタル「棋士の和服に重なる思いは 藤井聡太七段がタイトル戦で見せた羽織袴」(2020年6月28日、文化部・樋口薫)
- 東京新聞デジタル「『あれ?貫禄が増した?』和服姿から探る藤井聡太王位の“変化”の理由」(2021年7月11日、文化部・樋口薫)
- 日本経済新聞「藤井王座『着付けも自分で』和服が映す棋士の思い」(2024年9月25日)
- THE NIKKEI MAGAZINE「『和装男子』の手本、藤井聡太氏 羽織の色にも物語」(2023年1月25日、コラムニスト・いであつし)
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