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駒の名前の由来と成り駒のしくみ — 「桂馬」「香車」はなぜその字なのか

「歩兵」「香車」「桂馬」「銀将」「金将」「角行」「飛車」「王将・玉将」。将棋を指していると当たり前に読んでいるこれらの駒の名前だが、あらためて考えると不思議な字が並んでいる。なぜ「桂」や「香」なのか。なぜ王様の駒だけ「王将」と「玉将」の2種類があるのか。そして、なぜ将棋の駒は裏返すと別の駒のように動きが変わるのか。将棋の駒には、平安時代から続くルーツと、諸説入り乱れる由来話がたくさん詰まっている。ここでは日本将棋連盟公式サイトの「将棋の歴史」や、駒ごとのウィキペディア項目などをもとに、確度の高いところをまとめてみた。断定できない部分は「〜という説がある」と明記しているので、そのつもりで読んでほしい。

駒の名前は「宝物」になぞらえられている、という説

将棋のルーツは古代インドの「チャトランガ」というゲームだとする説が最有力とされる。日本将棋連盟公式サイトの解説によると、伝来ルートは「インド→中国→朝鮮→日本」「インド→東南アジア→日本」のいずれかとされるが、物証に乏しく伝来時期ははっきりしていないという。現存最古とされる将棋の駒は、1993年に奈良県の興福寺境内跡から出土したもので、「天喜六年」(1058年)と記された木簡と一緒に見つかっている。

この興福寺出土の駒は「玉・金・銀・桂・歩」の5種類で、同じ場所からは「醉象(すいぞう)」という現在の本将棋にはない駒も見つかった。日本将棋連盟公式サイトは、平安時代の将棋(平安将棋)に使われていたこれらの駒の名前について「上に仏教の五宝を示すといわれる玉・金・銀・桂・香の文字を重ねたものとする説もある」と紹介している。チャトランガの駒は本来「将・象・馬・車・兵」といった簡素な一文字だったが、日本に伝わる過程で、玉・金・銀・桂・香という宝物や貴重品を思わせる漢字が頭に付け加えられ、二文字の美しい名前になった、という考え方だ。歩兵だけは宝物ではなく「歩く」の意から兵に冠せられた、という説も紹介されている(元将棋棋士・木村義徳の著書『持駒使用の謎』などで唱えられている説で、日本将棋連盟公式サイトの記述とも符合する)。

「桂馬」の桂は、香辛料のシナモンだったという説

桂馬の「桂」は、平安時代には貴重品だった香料の一種「肉桂(にっけい、いわゆるシナモンの仲間)」に由来するという説がウィキペディアの「桂馬」の項目で紹介されている。桂馬は前に2マス・横に1マスという独特な動き方をし、しかも唯一「他の駒を飛び越えられる」という特徴を持つ。なぜこの動きになったのかについては、チャトランガの「馬」の駒が元々どの方向にも飛べる動き(八方桂)だったのが、日本で前2方向だけに制限されたとする説と、逆にチャトランガの馬がもともと前2方向だけの動きで、チェスや中国のシャンチーなど他のゲームの側が動きを強化していったとする説の両方があり、どちらが正しいかは研究者の間でも決着していない。

「香車」の香は、香木か、それとも槍のイメージか

香車はまっすぐ前にどこまでも進める駒で、通称「槍(やり)」とも呼ばれる。ウィキペディアの「香車」の項目は、この通称について「香車の駒の効きが前方に離れたところまで及ぶため、長い突き武器である槍をイメージさせるからであろう」と推測を交えて説明している。一方で「香」という漢字そのものの由来は、前述の「玉・金・銀・桂・香」という宝物になぞらえた命名説の一部として、香木(香りのよい貴重な木材)に由来すると考えるのが自然だろう。つまり「香車」というひとまとまりの名前は、「香」という宝物の字と、走る駒であることを示す「車」という字を組み合わせたものだと考えられる。香車は序盤で動かされないまま終盤まで盤上に残ることも多く、「下段の香に力あり」「歩切れの香は角以上」といった格言があるように、実は持ち駒になってから真価を発揮する駒でもある。

歩兵が成ると「と金」になるのはなぜ? 「と」の字に4つの説

歩兵が成ると「と金」と呼ばれるようになる。駒の裏には金将と同じ崩し字が書かれているのだが、これがひらがなの「と」に見えることから「と金」という通称が定着した。ウィキペディアの「歩兵(将棋)」の項目は、なぜ「と」に似た字が書かれているのかについて、次の4つの説を紹介している。

  • 「歩」の字を分解した「止」の略字が「と」であり、元が歩兵であることを示すために「止」を略して書いたという説
  • 見た目はひらがなの「と」に見えるが、実際は「金」の崩し字であるという説(この場合、飛車・角行以外の成駒はすべて「金」の崩し字で表され、成銀→成桂→成香→と金の順に崩し方が大きくなっていくとされる)
  • 「金」と同じ読み方をする「今」の崩し字だという説
  • 「登金」という言葉を略した字だという説

実際、駒の書体によって「今」の崩し字に見えるもの、ひらがなの「と」にしか見えないもの、そのどちらとも判別しづらいものまであるそうで、単一の正解が特定できているわけではない。1つの駒の裏の一文字に、これだけの説が並立しているのも将棋の駒のおもしろいところだ。

王将と玉将、実はどちらも元は「玉将」だった

対局を見ていると、片方は「王将」、もう片方は「玉将」の駒を使っているのに気づくことがある。日本将棋連盟公式サイトによると、興福寺跡から出土した平安時代の駒3枚はいずれも「玉将」で、「王将」は見つかっていない。つまり本来は2枚とも「玉将」で、そこからいつしか一方が「王将」に変わったと考えられている。現在の対局では、格上の対局者(あるいは上手側)が「王将」、格下の対局者(あるいは下手側)が「玉将」を使うのが慣例だ。ただし、なぜ・いつ「王将」という表記が生まれたのかについては、決定的な史料が見つかっておらず、はっきりしていない。「玉」と「王」の字形が似ているために一方を書き分けるようになったという説のほか、後世の言い伝え(真偽不明の逸話の域を出ない)もいくつか語られているが、いずれも確証には至っていないというのが実情のようだ。

成り駒のしくみ — なぜ裏返ると動きが変わるのか

将棋の駒の多くは、敵陣(相手側から見て盤の奥の3段)に入ると裏返して「成る」ことができ、成る前とは違う動きになる。ウィキペディアの「成駒」の項目によれば、本将棋の成り方は大きく2パターンに分けられる。1つは、飛車が竜王に、角行が竜馬に、歩兵がと金になるパターンで、いずれも元の動きに新しい動きが「完全に上乗せされる」形になる(飛車は元の動きに加えて斜め1マス、角行は元の動きに加えて縦横1マス動けるようになる)。もう1つは、銀将・桂馬・香車が成るパターンで、これらはいずれも金将と同じ動きになる代わりに、桂馬の「飛び越え」や香車の「まっすぐ何マスでも」といった、元々持っていた特徴的な動きを完全に失ってしまう。つまり同じ「成る」でも、純粋な強化と、特徴を失う代わりに安定した動きを得るトレードオフとでは意味合いが違う。だからこそ「桂の不成に好手あり」「銀桂は成らずに使え」といった、あえて成らない選択を勧める格言が生まれた。

持ち駒はいつ生まれた? GHQを納得させた将棋界のひとこと

取った相手の駒を、自分の駒として盤上に打てる「持ち駒」のルールは、世界のチャトランガ系ボードゲームの中でも日本の本将棋にしかほとんど見られない独自ルールだ。ウィキペディアの「持ち駒」の項目によれば、この持ち駒再使用ルールがいつ始まったのかは解明されておらず、11世紀とする説(棋士・木村義徳)、13世紀末〜14世紀初頭の文献『普通唱導集』を根拠とする説(国文学者・佐伯真一)、15世紀とする説(遊戯史研究家・増川宏一)など諸説がある。確実な史料として残る最古の実戦棋譜(1607年)や最古の詰将棋集(1602年)ではすでに持ち駒が使われているため、遅くとも16世紀後半までには定着していたと考えられている。有力な仮説の一つは、将棋の駒が敵味方でまったく同じ色・形をしていることから「取った駒を自分の駒として使う」という発想が生まれたのではないか、というものだ(棋士・木村義徳の説)。

この持ち駒ルールをめぐっては、太平洋戦争直後にちょっとした逸話も残っている。日本を占領していたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が、捕虜の再利用を連想させるという理由で持ち駒ルールを問題視した際、棋士の升田幸三が「将棋の駒の再利用は人材を有効に活用する合理的なものである」「チェスは捕虜を殺害している。これこそが捕虜虐待である」と直談判し、理解を得たと伝えられている(升田幸三の著書『名人に香車を引いた男』に基づく逸話で、ウィキペディア「持ち駒」の項目に紹介されている)。真偽の検証が難しい昔語りの部分もあるが、持ち駒という日本独自のルールが、当時どれほど特異な存在として見られていたかがうかがえるエピソードだ。

まとめ — 一枚の駒に重なる歴史

「桂馬」「香車」に込められた宝物の連想、「と金」の裏に眠る4つの説、元はどちらも「玉将」だったという意外な事実、そして裏返ると動きごと変わる成り駒のしくみ。どれも確定的な一つの答えがあるわけではなく、平安時代から現代まで、さまざまな研究者や棋士が積み重ねてきた考察の上に「諸説」として残っている。次に駒を手に取るときは、盤上の一枚一枚に、そんな長い歴史が刻まれていることを思い出してみてほしい。

参考にした情報源

  • 日本将棋連盟公式サイト「将棋の歴史」日本将棋の歴史(1)(チャトランガからの伝来、興福寺出土駒、平安将棋の駒名の由来説について記載)
    https://www.shogi.or.jp/history/story/
  • ウィキペディア「桂馬」(桂馬の名称・動きの由来の諸説について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/桂馬
  • ウィキペディア「香車」(香車の通称・動きについて記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/香車
  • ウィキペディア「歩兵 (将棋)」(と金の表記に関する4つの説について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/歩兵_(将棋)
  • ウィキペディア「玉将」(王将・玉将の使い分けの慣例、宝物になぞらえた命名説について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/玉将
  • ウィキペディア「成駒」(成り駒の分類・本将棋における成り方の類型について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/成駒
  • ウィキペディア「持ち駒」(持ち駒再使用ルールの起源に関する諸説、GHQをめぐる升田幸三の逸話について記載)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/持ち駒

駒の名前の由来には、史料が乏しく確定していないものも多く含まれます。本文中でも「〜という説がある」という表現で紹介した部分は、あくまで有力とされる仮説の一つとしてお読みください。

駒それぞれの動きや価値を基礎から確認したい方は「将棋の基本ルールを覚えよう」「駒の価値と序盤の考え方」もご覧ください。
実際の駒の書体や素材について詳しく知りたい方は将棋盤・駒の選び方もあわせてご覧ください。
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